●茶事懐石料理人 半澤鶴子先生
茶事折々~門不鎖~ 魯山人がなくなる四年ほど前に、ある料理屋に書き与えた書額にあります。「門に鎖せず」と読みます。料理もこうでなければいけないという、かたくなに概念の鎖に縛られることなく、時代の進展に伴い、常に革新的で幅広い心をもってお客をもてなすように…との意味かと思いますが、それは大いに茶事にも云えることと常々心掛けております。
先日、ある塗師の茶事に預かる恵みを得ました。御案内には、「楽しむ心をお持ちください」と書かれてありました。茶事の御案内文に、これ以上の名言に未だかつて出会ったことがございません。脱帽です。
感動いたしましたのは、庵も自ら手塩にかけて作っておられ、塗師でもあられるだけに一つ一つの丹精な仕事に庵そのものが作品であり、三畳隅炉の茶室の床柱には漆掻きの付けた傷目そのままの漆の木、幾度も塗り重ねた美しさ、床框一つも磨き込まれている光沢を放ち、これほどの気の満ちた茶室は生涯の内、なかなか出会えるものではないように思われ、至福の忙中閑にございました。
掃除も一人、料理も一人にて、持て成しの原点、あるがままの有りようで、持て成しを楽しんでおられ、御亭主自らの手料理に、目で楽しみ、舌で楽しみ、茶事の馳走というものの世界を堪能した一日にございました。まさに茶游人ここにありのお持て成しを楽しませて頂きました。 拙庵で修行中の人達にも彼の持て成しの茶事を是非体験させて上げたいと思っております。常々、茶事とは、持て成しとは心から楽しんで頂くもの…と云ってきておりますが、湯相の絶妙のタイミングでのしなやかな緩急の中での一服、実に美味しゅうございました。
お招きとは、働きとは、究極の持て成しとは、茶道とは、茶の湯とは、門に鎖せずの働きとは…千回以上の茶事の場数も迷路に入り逝くばかりにて…、なればこそ黒庵の庵主の御案内の言葉「楽しむ心をお持ちください」ああ、何と素敵な言葉であろうか。いかほどの残生にあらんか八十路なれば何を拭くやら 何磨くやら鶴女 もうすぐ八十一の初夏読んで得するおまけの頁
●フリーライター・フリー編集者 舟橋 左斗子氏
町田の黒庵で、茶懐石のちお抹茶をいただく。薄暗い三畳の茶室で 静かに点てていただいた二服のお茶は独特の風味と甘みがあって本当に美味しくて。愛知西尾のお茶という。
塗師でもある主人が自ら造った茶室に、にじり口から入る経験も楽しいし、迎えた主人が「2つだけルールがあります」と言うのでどきどきしたけど、ルールとは決まりごとなどにとらわれず「楽しむこと」というのがとにかく良かった。肩の力が抜けリラックスした。
何もない、薄暗く、狭い部屋の中では、ふだん身の回りにあふれる情報がぷつっと閉ざされ、味わうことや、小さな茶杓や茶碗をじっくり眺めることに全集中。自分の感覚が研ぎ澄まされる経験。
5月はめでたいので今日のテーマは能と主人が教えてくれ、床の間の能面や茶碗に描かれた狂言紋、懐石をいただいた部屋の飾りなどすべてが「能」のテーマで統一されていることにあらためて気づきそれもまた楽しく。
ところで黒庵の主人はかねてからの知り合いだったけど、年齢を重ね、漆を塗る仕事を極める中でお茶に出会い、きっと楽しくて仕方ないのだろう茶や茶懐石を出すまでになり、同時に自宅に茶室までつくってしまった。部屋の造作もそうだし、いろいろな種類の壁も全部自分で塗ったと言うのて驚くと「塗るのは得意なので」と。確かにね。三畳の中に天井が少し低くなっている部分があり、それだけで部屋が広く感じられるのだとか、いろいろ聞く話が全部面白かった。
そういう、誰にも左右されない、自分の「好き」に忠実な生き方に触れることもとても興味深く、共感するというか憧れた。
